あるびれおCo.伴星〜電脳支部 [戻る]
1998 長野冬季オリンピック ジャンプ




■2月11日 ノーマルヒルK90■
 ノーマルヒルは白馬としては信じられないくらいの快晴の天候のもと(笑)行われました。 試合開始前の大方の予想では、今シーズンのワールドカップでノーマルヒル4戦のうち3戦を制している原田雅彦が大本命。普通に飛べば原田にかなう選手はいないはずでした。

 日本チームは代表8人のうちワールドカップ優勝経験者を5人も揃え、オリンピックの出場枠4人を絞り込むことが非常に難しいという贅沢な悩みを抱えていました。 特に今シーズンは昨シーズンのワールドカップ総合成績4位の岡部孝信が思いの外不調であることに加え、葛西紀明が好調で、船木・原田・斎藤の次の4人目が誰になるのかが注目でした。 結局ノーマルヒルは4人目に葛西紀明を起用する事になりました。

 1本目、風の条件も良く、特に目立った波乱もなく競技は進みます。 1本目を終わってトップに立ったのはやはり原田雅彦。飛距離は最長不倒の91.5m。以下、90mのヤニ・ソイニネン(FIN)、88.5mのアンドレアス・ヴィドヘルツル(AUT)、87.5mの船木和喜と続きます。 強く踏み切って高く飛び出すジャンプの原田はノーマルヒルでは絶対の強さを発揮します。彼のノーマルヒルのジャンプは立ち幅跳びのようだと形容する人もいるほどです。 この日試合開始前の試技でも最長不倒をマークし、1月11日のラムソー(AUT)のノーマルヒルのような展開になるのではと思われました。

 2本目も後半の選手から大きなジャンプが出始め、ヤンネ・アホネン(FIN)が91.5mを飛んでトップに立つと、世界一美しい飛型といわれる船木が90.5mで抜き返し、試合は一段と盛り上がります。 1本目2位だったソイニネンが飛ぶ時点でトップは船木、2位がヴィドヘルツル、3位がアホネンでした。ところがこの時向かい風が強くなり、競技条件が不公平になることを避けて、一旦ソイニネンをゲートからおろして風がおさまるのを待ちました。 これが白馬特有の風のイタズラ。ソイニネンは89mを飛んでトップに立ったものの、今度は最後に飛ぶ原田が待たされます。 ランディングバーンの下の方、K点付近の風はそれまでの向かい風から横風に変わり、スタートOKのシグナルが出でからもいっこうに風向きが良くなる気配がないまま、原田はスタートせざるを得ませんでした。 飛距離はやはり伸びず、84.5m。これで原田のメダルはなくなりました。

 最終順位は金メダルがヤニ・ソイニネン(FIN)、銀メダルが船木和喜、銅メダルがアンドレアス・ヴィドヘルツル(AUT)。以下4位ヤンネ・アホネン(FIN)、5位原田雅彦、6位プリモジュ・ペテルカ(SLO)、7位葛西紀明と続きました。 斎藤浩哉は9位で、日本人選手は4人とも10位以内にはいる健闘を見せました。 船木はオリンピック初出場で、しかも苦手のノーマルヒルでいきなり銀メダル。15日のラージヒルに向けて上々の滑り出しです。

 原田は本当に残念でした。選手にスタートの合図を送っていたのはヘッドコーチの小野学氏でしたが、できればスタートOKのシグナルが出てからすぐにスタートの合図を出してあげてほしかったです。原田なら、あの程度の横風で大失敗をすることはないと思うのですが…。



■2月15日 ラージヒルK120■
 15日のラージヒルは雪がちらつく中行われました。 日本人としては、ノーマルヒルであと一歩金メダルに届かなかった船木和喜がどんなジャンプを見せてくれるのか、原田雅彦が今度こそメダルを獲得できるのかが見どころでした。 競技全体ではそれまでのワールドカップジャンプの結果から、優勝候補として船木・原田の他に 直前のワールドカップ札幌大会で優勝したアンドレアス・ヴィドヘルツル(AUT)、 11日のノーマルヒルの覇者ヤニ・ソイニネン(FIN)、 去年のワールドカップ総合優勝者プリモジュ・ペテルカ(SLO)、 経験と実績では最大のライバルといわれたディーター・トーマ(GER)らが挙げられました。

 日本チームはこの日4人目の選手としてノーマルヒルで起用した葛西紀明をはずし、代わりに岡部孝信を出場させました。ワールドカップで不調だった岡部は遠征組の中で一人だけ一足先に帰国して、国内で調整を続けていました。 おそらく小野ヘッドコーチは、この時すでに17日の団体戦の4人目として葛西ではなく岡部を起用する決意を固めていたものと思われます。

 1本目を終わって1位はヴィドヘルツル、2位は岡部孝信、3位はソイニネン、4位船木、5位ラッセ・オーテセン(NOL)、6位原田となり、ペテルカは8位と出遅れます。 この日は特に1本目で選手ごとの条件の差が大きく、斎藤浩哉は強い追い風にあおられ100mで着地、1本目の30位以内に残れず2本目に進めませんでした。

 2本目は雪も小降りになり、見応えある試合展開になります。 まず8位につけたペテルカが130.5mの大ジャンプでリードすると、6位の原田はビデオ計測不能の大ジャンプで盛り返します。 原田の飛距離の協議が行われて正式なポイントが出ないまま競技続行。4位の船木は132.5m、五輪史上初の飛型ジャッジ全員20点満点という完璧なジャンプで首位に立ち後続を待ちます。 3位のソイニネンは126.5mで船木にわずかに及ばずこの時点で2位、岡部は不運な追い風に泣き119.5mで優勝争いからはずれ、最後に飛んだヴィドヘルツルはプレッシャーからか飛距離を伸ばすことができず120.5mで3位につけます。

 残るは原田のポイントが発表されるのを待つだけ。結果、飛距離136mでヴィドヘルツルをわずか0.1点抑えて3位に食い込み、最終順位が決定しました。

 金メダルは船木和喜、銀メダルはヤニ・ソイニネン、銅メダルは原田雅彦となり、岡部孝信は6位に入賞しました。 船木はオリンピックのラージヒルで日本人初の金メダル。コーチの八木弘和氏が「長野で完璧なジャンプを見せる」と豪語したのが現実となりました。

 なんといってもここでは原田の2本目のジャンプが注目されます。白馬の冬のバッケンレコード131.5mを4.5mも上回る大ジャンプでしたが、私の目には着地の際右手が雪面に当たったように見えました。 もし協議の結果手が雪面に触れていると判断された場合は当然転倒ジャンプと見なされてしまうのですが、わずか0.1点差で涙をのんだヴィドヘルツルらオーストリアチームからは転倒ジャンプではないかとのクレームは無かったらしいので、とりあえず安心です(笑)。 実はこの136mジャンプの着地の際、あまりの衝撃の大きさでスキー板にヒビが入ってしまったとのこと。凄い。



■2月17日 ラージヒルK120団体■
 この競技についての詳細は[1998.2.17 Team Ski Jumping (K120) in Hakuba]のページをご覧下さい。

 結果は金メダルが日本、銀メダルがドイツ、銅メダルがオーストリア、以下、ノルウェー、フィンランド、スイスと続きます。 原田のいかにも原田らしい劇的な2本のジャンプ(笑)で大変ドラマチックな盛り上がりを見せたこの団体戦ですが、結果はその時点での各チームの好不調がそのまま順位に現れた形になりました。 おそらく出場している選手のほとんどが、日本以外のチームは優勝できないと思っていたのではないでしょうか。ワールドカップの結果を見れば当然のことではありますが。



■総括■
 純ジャンプの成績をふりかえってみると、メダルは金メダル2個(船木/ラージヒル、ラージヒル団体)、銀メダル1個(船木/ノーマルヒル)、銅メダル1個(原田/ラージヒル)の計4個でした。これは1972年の札幌大会を上回る結果です。

 全体では特に原田が目立ってしまって船木の金メダルもかすんでしまいそうですが(笑)、今シーズンのワールドカップの好調さがフロックでないこと、日本の各選手の実力が本物であることを証明したオリンピックであったと思います。

 一つ残念だったことといえば、やはり白馬の天候にずいぶん悩まされた点でしょうか。元々、白馬周辺にはジャンプ競技を行える施設はほとんどなかったらしく、白馬ジャンプ競技場の立地条件自体、ジャンプ台としては疑問に残る点があるのも確かです。 今後も白馬は、世界で有数の気象条件の厳しいジャンプ台として、利用されていくことと思います。

 今回のオリンピックではジャンプが最も注目を浴びる結果となり、ジャンプファンとしては嬉しいですが、これが日本人にありがちな一過性のジャンプ熱にならないよう願うばかりです。現実は…すでにサッカーのワールドカップに取って代わられそうな気配が(笑)。あ〜ぁ。


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